字幕と吹き替え、アクションとハートフル、見る度に印象が違う映画『ベイマックス』。
2D字幕と2D吹き替えと3D吹き替え(4DX)で3回鑑賞してきたので、感想をまとめておこうと思います。

以前に書いた感想はこちら
試写会でわかった「ベイマックス」を4DXで見るべきたった1つの理由
見どころ解説!ベイマックスのあらすじをネタバレする試写会レビュー

※以下ネタバレ注意※

死を乗り越えるプロセス

ここ数年のうちに大切な人を亡くした方は、『ベイマックス』をみてダメージを受けたのではないでしょうか。
アクションやコミカルなシーンの連続で、爽快で陽気な気分になれる反面、死と再生という傷をえぐるようなディープで生々しいストーリーが『ベイマックス』の魅力。この絶妙なバランスが最高にクール。

『ベイマックス』では、死を乗り越えるプロセス(虚無→喪失→怒り→癒し→再生)が悲しいほど正確に描かれています。

私自身が大切な人を亡くした時も、まず虚無状態になりました。その後に喪失感。
それでもやってくる現実。(葬儀や後処理、その後の仕事・家事など)
心の何処かから湧いてくる憎悪・怒り・憎しみ。(あの人が居た(居なかった)ら死ななかった、あの時あれをした(しなかった)ら死ななかった、最後に顔を見に行けなかったのは誰かのせい…といったifの世界。怒りながらもどうにもできなかった・言いがかりだと自分でもわかる理不尽でつじつまの合わない怒り)。
その怒りは、家族・友人との関わり、故人との思い出、自分を見つめなおすことで収まっていき、大切な人の死を受け入れる体制が作られていきました。
その後、緩やかに時が流れ、だんだんと回復、いわゆる時が解決してくれるフェーズを迎えました。
ちなみに、事前にこのプロセスを知っていても、今自分がいるフェーズを理解するだけで、まるっと省略することはできませんでした。怒りを押さえ込めるくらいでしょうか。

『ベイマックス』のシーンを死を乗り越えるプロセスで追ってみます。

虚無:タダシの死、葬儀後部屋のこもるヒロ
喪失:家族・友人の声を受け入れられない、心のなかで生きてるって言われても…!、タダシの部屋の扉を閉める
現実:ほおっておけないベイマックス、YOUKAIの登場
怒り:YOUKAIがタダシを殺した(ヒロの勘違いの可能性あり)、復讐する
癒し:タダシの思い、ベイマックス・友人との関わり
再生:ベイマックスとの別れと再開

虚無フェーズでは、自身とリンクし、何度見ても涙がこぼれます。

喪失フェーズに起きる「心のなかで生きてるって言われても、もう居ないんだ!」は、大切な人が亡くなった時におこることあるあるではないでしょうか。
思わぬあるあるネタに、微笑ましくも切なく、"大丈夫だよ、そのうち心から思える時が来るんだよ"とそっとヒロを応援していました。

現実フェーズでは、ヒロはとんでもないことに巻き込まれているけれど、日本人的には葬儀・相続・仕事復帰・自分以外の遺族のケアがこんな感じだよなーなんて思いました。虚無・喪失のあたりのダメージが大きかったので、コミカルなアクションシーンでショックが和らぎました。

怒りフェーズでは、ヒロが教授がタダシを殺したと復讐するのですが、死を乗り越えるうえででてくる怒りって偽りなんですよね。言いがかりとか勘違いとか。
だから「教授が火をつけた」「教授がタダシを見捨てた」もヒロの"言いがかりの怒り"を表現したのではないかと感じました。
数ヶ月したらヒロも発明品も教授のラボにやってくるので、火をつけて奪う意味もないですし、火事の中でマイクロチップに囲まれて助かった教授がタダシが助けに来ていることに気づいたとも思えません。
一方で教授も怒りフェーズの真っ最中にいるので、思考が狂っていた可能性は大いにあります。
本当のところはわかりませんが、超天才がそろって憶測と感情で動くシーンは人間味があって好きです。

癒しフェーズは、私自身を救ってくれた家族や友人への感謝の思いが募りました。ありがとう。
そばにいること・想い続けることは誰にでもできても、それに気づけるのは本人だけ。
日本版CMの「私はベイマックス。あなたの心と体を守ります。」というフレーズに、リードされていましたが、本来ベイマックスは体を守るために作られたケアロボットで、心はプログラムされていないんだったなと気づきました。

再生フェーズに入るのは、非常に困難で、どんなに癒やされて回復していても、ふとしたことでまだ再生していなかったと気づくことはしばしば。何年もたったあとに、アレ大丈夫になった?という感じで私は再生フェーズを迎えたので、この物語でヒロが再生したかどうかはわかりません。
「ケアに満足した」「ベイマックス、もう大丈夫だよ」と前に進み出したその時が再生のはじまりだったのでしょうか。
ヒロがケアチップを見つけたのは桜の花が咲く頃で、ベイマックスと再開したのは、桜の木が緑の葉で茂る頃。
超天才のヒロでも苦労したんだろうなーと思いました。
そして、その後のBIG HERO 6としての活動。きっとヒロはもう大丈夫ですよね。

…からの、エンドソング AIのstoryで号泣したのですが、ひとりじゃないから〜の英語詞がグータッチの時のふぁららら〜に聞こえて、泣くやら笑うやらで忙しいエンドロールでした。

3人の遺族

『ベイマックス』には、大切な人を亡くした人物が3人現れます。
  • タダシ(主人公の兄)
  • ヒロ(主人公)
  • キャラハン教授(タダシの師、ヒロの憧れ)
タダシとヒロの差
この2人の兄弟は、兄が11歳、弟が3歳の時に両親を亡くしています。
しかし、タダシとヒロでは両親の死の受け取り方が異なります。

タダシは、両親を覚えているため、死を乗り越えるプロセスを終えた「再生済」の存在。
ヒロは、両親がいない生活をおくっているものの、両親の記憶も両親の死の記憶もないニュートラルな存在。

火事のシーンでは、「中に教授がいるんだ!」行動したタダシと、タダシを止め(教授を見捨て)ようとしたヒロの差を感じました。
漫画版『ベイマックス』に出てくる「教授を恨むな」というタダシのセリフも「再生済」の存在だからと解釈しています。

ヒロとキャラハン教授の差
この2人は恐らく近い時期に大切な人を亡くしたのではないでしょうか。

映画では描かれていませんが、
 教授とヒロの出会い:和やかに娘の話をする→娘存命
 研究発表会:クレイ社長に怒りをあらわにする→ 娘行方不明(教授は死亡という認識)
という時系列ではないかと推測しています。 
怒りの継続には労力が必要なので、終盤まで怒り続けていた教授はエネルギッシュな人だなと思いました。
偉大な成果を残している研究者ですし、ひとつの事に情熱を向けるタイプなのでしょうか。 

ヒロは、視聴者とともに 虚無→喪失→怒り→癒し→再生 のプロセスを歩みますが、
教授(YOUKAI)は、怒りのフェーズのみ視聴者の前にあらわれます。
  • YOUKAIとの出会い:ヒロ喪失
  • YOUKAIとの戦闘:ヒロ怒り
  • YOUKAIとの再戦:ヒロ癒し
特に、怒りフェーズ真っ最中の教授と、怒りフェーズを終えたヒロが対話する再戦のシーンが印象深いです。
その後、怒りフェーズを終えているヒロは、教授の娘を助けるために行動します。

教授の娘は、登場シーンも少なく、感情移入しやすいキャラクターではありません。
教授にとってのタダシは自分が生きるために切り捨ててもいい存在(真偽は不明)だったわけですが、ヒロにとっての教授の娘も同等の(視聴者が感情移入できない)存在だったのだと思います。
それでも、タダシのように「中に人がいるんだ!」と行動できたヒロからは確かな成長を感じることができました。

漫画『ベイマックス』で転送装置に吸い込まれるのは"タダシ"、映画『ベイマックス』で吸い込まれるのは"教授の娘"ということからもわかるように、教授の娘はタダシのメタファーなのだと思います。
教授の娘の救済=タダシの救済ということではないでしょうか。

私は『ベイマックス』にヴィランズは存在しないと思っています。
怒りに満ちていた教授にも、きっと癒やしのフェーズはやってきます。
一時の怒りは、ベイマックスの言う「お年ごろ」の反抗期のようなもの。
どんな感情も等しく、すべての人の心に宿っています。
そういった意味も含め、2015年公開のPixar作品「Inside Out」が楽しみです。

字幕と吹き替えで別の作品

アニメーションだし、セリフが大体一緒なら母国語で入ってくる吹き替えで十分派の大雑把な私。
日本でも圧倒的に吹き替え上映が多い『ベイマックス』ですが、本作のオススメは断然字幕です。
なぜなら「字幕と吹き替えで、別のお話になっている」というのが私と友人共通の認識だからです。

『ベイマックス』は、ヒロの成長を描いたヒーローアニメです。
爽快なアクション映画の中に描きこまれるヒロの成長は、目線や所作、そして言葉で感じることができます。
日本での宣伝・告知は、ハートフルだけど本当はアクションだ!という話を頻繁に耳にしますが、私は3度見た今でも『ベイマックス』はハートフルな作品だと感じています。
派手なアクションの中にある繊細な心理描写が、ベイマックスをハートフルな作品にし、アメコミという原作や戦隊ヒーローのビジュアルにとらわれない作品の本質をつかんだ良いCMだと思っています。(残念ながら、同意を得られたことはないですが…)

アクションの中にある繊細な心理描写が魅力の『ベイマックス』
もし、その言葉が書き換えられていたとしたら…?

私が違和感を持ったシーンの中から、わかりやすいものを2つ紹介させてください。

1つ目は「I know」
式典で暴れるYOUKAIを捕まえに来たBIG HERO 6のシーン。
YOUKAIを説得するヒロ。
字幕「復讐しても何も変わらないよ…  僕はわかる」
吹替「復讐はダメだってわかったんだ!やめて!」
(うる覚えなので、セリフの細かい表現は実際と異なります。)
「I know」とYOUKAIをじっと見つめるヒロのアップが映るので、吹替のセリフは、口を大きく開けた母音がaから始まり、最後に口をすぼめる短い言葉でなければいけなかったので「やめて!」になったのだと思います。
様々な制約の中で、恐らくこれがベストな吹き替えなんだろうと思います。
しかし、葛藤を乗り越えて成長したヒロの言葉が、正義に燃えたヒーローの言葉になっていると、印象がかわります。

2つ目は「僕が前に行く」
後ろからポッドを押すベイマックスの目になるヒロ。
字幕「僕が前をみて指示を出すから、ベイマックスは押すことに専念して」
吹替「僕が前に行く、ベイマックスは後ろを」
(うる覚えなので、セリフの細かい表現は実際と異なります。)
これまで築いてきた2人の関係、相手を思いやる気持ちを考えると涙が止まらない(´;ω;`)
このシーンの前までに散々知性派リーダーをやっていたヒロですが、
相手のために行動するリーダーと最善策を瞬時に閃く勇敢なリーダー…と印象がかわります。
私が字幕の言葉が好きなだけで、吹き替えのほうが、アクションを邪魔しない的確なセリフまわしなのかもしれません。

『ベイマックス』は、爽快なアクションなのになぜか涙の止まらない作品だと感じたのですが、見た人から「アクションだったよ」といわれるのは、このあたりのひとつひとつの小さな違いが、全体の印象を、成長したヒロの姿をかえてしまっているのではないかと思いました。

感じ取り方は人次第、書きながらも、そう感じたのは世界中で私と友人だけかもしれないと疑念を持っています。
多くの方は吹き替えで『ベイマックス』を鑑賞されたことと思います。
字幕上映している劇場は少ないですが、是非、字幕と吹き替えの違いを体験してみてください。 
私と友人の勘違いであれば、それに越したことはありません。
私の子どもたちは、字幕を読めず確かめられないことが悔しいと嘆いています。

感想

映画『ベイマックス』とても楽しかったです。
MovieNEXの発売が待ち遠しいです。はやく東京のディズニーパークでベイマックスに会いたいです。
ベイマックスは、重たいストーリーで、怖い戦闘シーンもある作品ですが、ベイマックスの癒しがすべてを包んだことで、怖がりの子どもでも、楽しくお話を見ることができたように思います。

今年大切な人を亡くした友人には、基本アクションだし、そんなに暗い話でもないし『ベイマックス』をみると、これから自分が体験する心の移り変わりをしることができるよ。とすすめてみましたが、友人が見るかどうかはわかりません。

「なにがあっても、ヒロを信じて!」

大切な人を亡くして、消えてしまいたいほどの絶望を感じていても、生きるという選択をしたヒロの強さが、視聴者にエネルギーを与えてくれることでしょう。
それは勇気なのか希望なのか、適切な言葉が見つかりませんが、胸をえぐられながらも、よっしゃ!生きるか!!と前を向ける作品でした。



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※他もろもろのメモ書き

・教授とタダシの関係
ラボで個室を与えられるようなタダシ。
教授を助けるために火に飛び込んだタダシ。(これまでの人間関係ではなく、相手がだれでもタダシは行動するのかも?)
最悪の状況でタダシを見捨てた(?)教授。
(学生にとってはかけがえのない教授でも、教授にとっては大勢の学生のうちの1人?)

・ベイマックスの動作と記憶について
ベイマックスは、ケアチップ(ケアプログラム+メイン記憶)と戦闘チップ(戦闘プログラム)で動いている。 
ケアチップは「痛い」で動作を開始し、戦闘チップは「やれ」で動作(暴徒化)する。
いつのまにケアチップを握ったのかはわからないが、ロケットパンチがプログラムされた戦闘チップのみで暴徒化せずに動作することは可能?

・死後のコンピュータについて(思い出語り)
故人のコンピュータは動作し、サーバがそのままなら、アラームや予約メールは死後も送られる。
一番怖かったのはLINE。
故人の携帯を解約し、他の人に番号が渡されると番号で紐付けられている故人のLINEが動き出す。
死んだはずのアカウントが動き出す恐怖。
人間は死んだらよみがえることはないけれど 、ヒロが復活させたベイマックスをみて、あの時のLINEみたいだなって思った。 

・4DX
楽しかった。アクションシーンで臨場感があった。
東京ディズニーランドにあるドナルドのフィルハーマジックみたいなのを想像していたら、キャプテンEOみたいな感じで、椅子は動くし、水が飛ぶなどの演出はあるけれど、エアーを使って飛んでいる感じを演出してはくれなかった。
思ったほど未来きてなかった(´・ω・`)
それでも、普通に座ってみた映画よりは楽しかった。

・2Dと3D
べつに3Dじゃなくてもいいかなって思った。



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